平凡に生きてきた主婦が、ふとした心の隙間に入って来た美容師の男に、どうしようもなく心を囚われていく。あなたなら、この〈名前のない想い〉を何と呼ぶ?好奇心…衝動…執着…恋…それとも欲望? エスカレートしていく彼女の言動に息をのみながら、私たちはふと気づくだろう。SNSでフォローしている特別な相手に対してやっている自分の行為と似ていることに。休日に誰とどこへ出かけたのか、今どこで何を食べているのか、見たい、知りたい──。
閉塞した現代社会で孤独を癒すためにSNSに逃げ込む私たちと、癒す術を持たず美容師の男にのめりこむ主婦、そんな女の飢餓感を見つめる男の〈想い〉が重なり合っていく。愛と呼ぶにはあまりにも危険で切ない、求め合いねじれゆく男と女をスリリングかつエレガントに描く、大人のためのサスペンスが誕生した。
小夜子を演じるのは、映画・TV・舞台と幅広く活躍し、今や日本のエンタテインメント界のトップに立つ常盤貴子。少しずつ道を踏み外していく狂気はリアルに、膨らんでいく妄想は匂い立つようなエロスで演じ、新たな代表作をここに打ち立てた。
海斗には、2014年の映画賞を総なめにし、2016年には本作以外にも7本の話題作が公開され、間違いなく日本映画界の未来を牽引する池松壮亮。自分につきまとう主婦に戸惑いながらも、彼女に何が起きているかを見極めようと正面から対峙する大人の男に挑む。
その他、小夜子の夫に勝村政信、海斗の恋人に佐津川愛美が扮している。
監督・脚本は、『絵の中のぼくの村』で、ベルリン国際映画祭銀熊賞を始め40以上の栄誉ある賞に輝いた名匠、東陽一。かつて『もう頬づえはつかない』や『四季・奈津子』など女優演出で高く評価された監督が、久しぶりに女性のミステリアスな本性を描き、常盤を新境地に導いた。原作は直木賞作家の井上荒野。
どこにでもいる主婦の小夜子に、本当は何があったのか──最後にそれを理解した時、観る者の心の奥底に眠る孤独感と疎外感が解き放たれていく、稀有なる魂の共鳴の物語が完成した。